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自分の足で歩くと言っていた姫は

自分の足で歩くと言っていた姫は、イダテンに背負われている。

イダテンから鬼神のような走りを奪ったのは、自分だと負い目を感じているのだ。

確かに、狼が淵で出会った時の俊敏さは影を潜めていた。

 

かといって、姫の足に合わせるわけにはいかない。

イダテンに頼るほかないのだ。

 

だが、そのイダテンの背中が見えづらくなった。

しばらくは、おのれの体調が悪いためだろうと思っていた。

 

どうやら、そうではないようだ。

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胸騒ぎを覚え、あたりを見回し、そして――天を仰ぐ。

 

思わず、息を飲んだ。

 

「……なんじゃ、あれは」

うめくような、その声に、イダテンと姫が振り返る。

義久の目線を追ったであろう二人も、すぐに言葉が出てこない。

 

「月が……」

姫の声が震えていた。

 

――月が欠けていた。

つい先ほどまでは丸かったはずだ。

 

月の満ち欠けは、ひと月をかけ、ゆっくりと繰り返す。

このようなことは聞いたことがない。

 

異変の前触れなのか――それとも、流罪となったあげく憤死した姫の父が怨霊となって天変地異を起こし、災いを及ぼそうとしているのだろうか。

 

    *

 

     *ふくろうの鳴き声が、あとを追ってくる。

 

望月は刻々と欠け続け、今や弦月ほどになっていた。

このまま、この世から消えてしまうのだろうか。

われわれの運命を予兆するかのように。

 

イダテンが、おれは見たことが無いが、ごくまれに起こるらしいと口にした。

書物に書いてあったという。

姫も聞いたことがあるという。

 

が、信じられなかった。

わしを落ち着かせるための方便としか思えなかった。

刻がたてば元に戻るというが、義久には、そもそも、月が欠けるという理屈がわからない。

しかも、普段見ることのない柿色に染まっていた。

 

なにより、なぜ、よりにもよって今宵、この時に、このような禍々しいことが起こるのだ。

偶然やめぐり合わせなどであるはずがない。

遡れば帝の血を引く姫と、鬼の血を引くイダテンが出会ったからではないか。

 

黒駒の背に揺られ茫然と空を見上げていると、イダテンが道を振り返った。

「……来た」

追手か、と義久も耳を澄ます。

風は下流に向かっている。

 

「何も聞こえんぞ」

イダテンは義久の言葉にはかまわず、「急げ!」と一言発して走り出した。

だが、その走りに勢いはない。

 

しばらくすると、馬の蹄の音が聞こえてきた。

しかも相当な数だ。

「あの崖崩れを片付けたというか?」口にはしたが、頭数があればできるだろう。

 

とは言え、予想以上に早い。

追手も必死なのだ。

このままでは早々に追いつかれるだろう。

 

それでも、馬に乗れぬ徒歩もいるはずだ。蹄の音が峡谷の壁に跳ね返り間近に感じるが、追いつかれるまでには時があろう。

 

「次から次へと……」

義久は、言葉を切った。

姫の小さな悲鳴が聞こえてきたからだ。

 

竹藪の横で、イダテンが姫を背負ったまま倒れていた。

勾配のきつい坂だ。

木の根か岩に足を取られたのだろう。

 

背中の姫をかばおうとして、体を捻らず、頭から落ちたようだ。

玉のように吹き出た汗の合間をぬうように、血が一筋流れ落ちた。

 

疲れているのだ。

あの俊敏なイダテンが、手も出せぬほどに。

 

姫は、腰に回された縄の結び目をたぐり寄せると、手早くほどいて背負子から降り、イダテンの様子をうかがった。

義久も黒駒から降りる。

 

「足からも血(あせ)が……」

すぐに立ち上がれぬ様子のイダテンを見て、姫が沓を脱がせようとしている。

左足の沓の先から血が滲み出していた。

姫に代わって義久が傷に触らぬように引き抜くと、血にまみれた足が現われた。

 

「……これは」

足の甲から足首にかけて大きく腫れあがっていた。

しかも、親指の爪は剥がれかけている。姫の顔から血の気がひいた。

みるまに、その双眸に涙が浮かぶ。

 

姫を竹藪側に移動させ、貝がらに詰めたぬり薬を腰袋から取り出した。

裂いた端布に薬を塗り、傷口が沓に直接当たらぬよう巻きつける。

 

イダテンは、腰を下ろしたまま、「すまぬ」と礼を言い、筒袋の横についた袋から油紙に包まれた小さな丸薬を取り出した。

六粒ほどあるように見えた。

 

姫の問いかけるような目に、

「痛み止めじゃ」と、答えた。

 

「効くのか」と、義久が問うと、わずかに間を置いて、

「眠くなる……何より、体が動かなくなる」と、答えた。

 

使いたくなかったのだろう。

副作用のことばかりではない。

薬を飲めば手負いであることがわかる。

 

姫と義久を不安にさせたくなかったのだ。

イダテンの気持ちは痛いほどわかった。